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あいちトリエンナーレ2016を記憶する Vol.11 辻本 泰子さん


港千尋芸術監督と 愛知芸術文化センター2階デッキ ネットプロジェクト前

オスカー・ムリーリョさんのフリークエンシーズ・プロジェクト

穂の国とよはし芸術劇場PLAT前に設置していたジョアン・モデさん(ブラジル出身)のネットプロジェクトの全体コーディネートと、アウトリーチ(エデュケーションのアーティスト派遣事業)を担当した辻本泰子さん。Vol.2の加藤慶さんインタビュー時に、石巻小学校やブラジル人学校に直接出向いてると聞き、急遽登場していただく事に!
Q. >愛知県美術館に展示されてたオスカー・ムリーリョさんの作品には豊橋の小中高生が参加した作品もありました。
辻本 >オスカー・ムリーリョの「フリークエンシーズ・プロジェクト」を豊橋市立石巻小学校(豊橋市石巻町)と学校法人カンティーニョ学園(ブラジル人学校・豊橋市東岩田三丁目)にて実施しました。
Q. >豊橋にはブラジル人の居住者が多いところからの選定でしょうか?
辻本 >どちらも豊橋市の協力のもと、候補校として選出してもらい、その後、学校訪問をして話を進めていきました。ブラジル人学校であるカンティーニョ学園を参加校として迎えることは、豊橋市の重要な特徴として豊橋市のみならず愛知県全体に紹介できる良い機会だと思いました。石巻小学校にも1クラスに2割くらいのブラジル人が在籍しています。他会場では、岡崎市立秦梨(はだなし)小学校と名古屋市立御園小学校も参加してもらいました。

フリークエンシーズ・プロジェクト

プロジェクトチームが子どもたちの机の上にキャンバスを張り、約半年間、子どもたちは普段通りの学校生活の中で自由に思いついたことをキャンバスに描きました。子どもたちの持つ創造性や教室での楽しい雰囲気、子どもたちの成長そのものが記録されたキャンバスは、オスカー・ムリーリョの作品の一部となってあいちトリエンナーレの会場(名古屋地区・愛知芸術文化センター)で展示されました。

ルールはないよ。ただ楽しんで!駄目なことがないのがルール。

Q. >フリークエンシーズ・プロジェクトは2月か3月ごろからスタートしてましたよね。
辻本 >3月1日と4日にメインコーディネーターであるクララ・ドゥブランクが豊橋市のそれぞれの学校を訪問しました。プロジェクトの説明をして子どもたちの机にキャンバスを取り付ける作業もしています。

ひとりひとりの机の上にキャンバスを張り、5ヶ月間、子どもたちは普段通りの学校生活の中で自由に思いついたことをキャンバスに描き続けるというプロジェクトです。「してはいけないことはないよ。楽しむことと、やっちゃ駄目なことがない、というのがルール。この机の上に乗ってダンスをしてもいいし、何を書いてもいいし、メモ変わりにしてもいい、どれだけ汚れてもいい。それがあなた自身の事であれば何をしてもいいですよ。楽しんでね!」クララは「自由」に描くことに対してとても熱意を込めて説明しました。

Q. >反応はどうでしょう?
辻本 >事前に学校にはプロジェクトの説明をしました。その段階の反応で、ブラジル人学校と日本人学校では、大きな違いがありましたね。

予想はしていたのですが、日本の学校では、約半年間子どもたちが自分の机で落書きを続けることを子どもたちに「許可する」、ということに大きな抵抗がありました。勉強をするための机であるという前提、衛生面、落書きは生活上タブーなもの、またその内容によっては悪口など交友関係に影響が出ることへの懸念など、ほとんどの学校で、それは検討するまでもなく不可であるプロジェクト内容でした。

また、日本の学校においては、落書き自体の定義について先生と細かく話し合う必要がありました。何を描いてよくて、何を描いてはいけないのか。「落書き」なので本来は何でもいいのですが、あえて、一枚の「絵」にはしないように子どもに言わないと、とかですね。もっと言うと、いかに自由に落書きするかという「指導」が必要なんです。

このプロジェクトは、何か決められた完成や目標に向かって「仕上げる」ことがなく、ただ毎日の積み重ねそのものが作品だ というところを伝えようとすると、どうしても、たくさんの説明が必要になりました。普段は到達すべき完成や目標があり、それに向かって過ごし、達成してこその学びと成長=学校教育、という図式にはあてはまらないプロジェクトなので。

でも、日本にはこういった教育現場の現状があると認識することや説明・交渉段階も含めて一連のプロジェクトなんです。そんな中、アートに関心の高い校長先生と一緒に、試行錯誤の中でやっと通すことができました。

Q. >なるほど、日本の学校では教育の場である教室で、落書きOKという事を受け入れられない。キャンバスを貼ったままの状態で給食を食べたりしない。
辻本 >そうなんです。汚れを生活時間の一部として積み重ねて痕跡を残すプロジェクトなんですが、学校からは「汚れは毎日取り除くために机を拭きたいです」と。最終的に、こども一人に対して、キャンバスを貼った机と、貼ってない机を用意して過ごすという事になりました。給食やテストの時は普通の机でも良いけど、なるべく長い時間キャンバスをはった机を使って貰いたい、ということで、校長先生とクララのそれぞれの意見を調整した結果、ここに落ち着きました。でも実際キャンバスを貼った机で、給食を食べてくれた日もあったようです。
Q. >悪口を書いてはいけないのようなルールは作ったのでしょうか?
辻本 >はい、そうしました。他の国では禁止事項を設けないという事を、クララは各学校の先生にも強く主張してましたけどね。キュレーターとも相談し、このこと自体が、日本の教育現場を映すという意味にもなるので、受け入れて貰いました。
Q. >カンティーニョ学園の方はどうでしたか?
辻本 >カンティーニョ学園の校長先生は全面的にこのプロジェクトを肯定的に捉えてくださいました。あまりにもあっさりと交渉が終わったので、逆にこちらが「悪口を書いてはいけないルールなどはどうしましょうか」と言うと、「ルールは要りません。もし悪口が出てきても、解決する良い機会になる。子どもたちの中で普段は抑えたり隠れているいろんな思いを表現できるこのプロジェクトは素晴らしい。」とおっしゃったのを鮮明に覚えています。
Q. >子どもたちの意気込みや、とらえ方も違う感じでしょうか?
辻本 >どの学校の子どもも、自由にしていいと聞いてすごく喜んでくれました。全ての学校で歓声がでていましたね。

印象的だったのは、カンティーニョ学園でクララが説明を行った際に、このプロジェクト内容に感激して泣き出した女の子です。「自分自身をそのまま出しても良いということを認められて嬉しかった。自分の好きな、自由な表現で自分をここに出すことで、今後の人生のインスピレーションを得た!」と言いながらクララと一緒に泣く女の子を見て、このプロジェクトをこの学校で出来て本当に良かったと思いました。

Q. >では5ヶ月後になりました。キャンバスを引き取りにいきます。カンティーニョ学園からいきましょう。どうでしたか?
辻本 >キャンバス一面にびっしりと描き込まれ、丁寧に隅々まで色を塗ったり重ねたりしてあるものが多かったです。毎日よく触って使い込んでくれたようで、キャンバスが破れたり、ほつれたりしてるのも有りました。ほつれからフサのようなものを作ったり、そこにも色を塗ったりしていて。マジックなど画材を惜しみなく使っていて色使いも大胆でしたし、線にも迷いがなかったです。「自由」を積極的に楽しんでいる子が多い印象でした。

頑張って「自由」に描かなければ!

Q. >破れちゃったりもするんですね。石巻小学校はどうでしょうか?
辻本 >学校で使っている色鉛筆やクレパスを使い、画面が整っているものが多いという印象でした。破れているものはありませんでした。自分のものは綺麗な状態で扱うことが、ものを大切に扱うことだという概念が浸透しているためかと思いました。また、「自由」に戸惑っている印象も少なからず受けました。頑張って「自由」に描かなければ、という真面目さというか。もちろん、素敵なアイデアを活かしたり、楽しんで自分の世界を作っている子もいました。
Q. > 同じ日本国内でも、ずいぶん違いがでますね。生活習慣の違いというより、教育方針の違いでもあるような。
辻本 >日本人の子どもにも、自由にやっていいよと言うととても喜びます。でも、いざとなると多くの子が、自由とはどうすることなのかと迷います。多くのルールが自然と生活の中にあり、ルールに沿っていれば不自由がないので、そこまで普段から不満も抱いていないし、自由を獲得したいという発想が出る場面も少ない。

不自由や自由に対する価値観や次元が違うんだと思います。日本では、ルールから飛び出してしまうと、今まで築いてきた安 全なものがくずれてしまう。自由に対して、そういった秩序の崩壊や自分勝手さなど、マイナスのイメージが根底にあるよう にも思えました。それと、先生の目を気にしてる子もいたでしょうね。

ブラジルと日本で反応や作品に違いが出ましたが、双方にとっては自然な教育・文化から来るものであり、また国や地域が変 わればこんなに異なることがあるんだという、これも自然なことですよね。対比で終わらず、多様性として捉えることが重要だと思うんです。その上で、それぞれにとっての、また世界における課題も見えてくるのだと思います。

Q. >他に特徴的な事は有りましたか?
辻本 >子供たちが素直になれるかは、先生たちがどう取り組むかで違う結果になるのかもしれないと考えさせられました。

他のアウトリーチでも感じたのですが、先生ももっと楽しめる機会になればうれしいです。実際に参加しているのは子どもだとしても、先生の影響力が強いことは確かですし、なによりみんなが楽しめるかどうかって、プロジェクトとしても大事なポイントだと思うんです。

こういったプロジェクトは学校現場にとっては「異質」なものであり、学校の教育にそぐわないものであるという考えはきっとあると思います。でも、普段とは違う視点が学校現場に入ることで、子どもだけでなく先生にも新しい視点が生まれる「変化」の可能性を感じてほしいです。学校全体が一緒にポジティブに挑戦していけるには、コーディネーターの動きも重要ですよね。双方にとって価値のある面白い機会だと思えるプロジェクトを行っていければと思っています。

Q. >それでは展示について、愛知県美術館での展示の仕方には特徴がありましたか?
辻本 >オスカーの作品と共に、各国で行ってきたフリークエンシーズの作品も置きました。キャンバスの量も多くて、机(この机もオスカーの作品)に積み重ねてある状態で、直接手で触っても、めくってもOKなんです。でも、入場者が多くて雑に扱われたりすると、キャンバスがほころびたりして傷んでしまいます。

会期中は、ファシリテーターを入れて、プロジェクトの説明とともに、海外の作品はめくってお見せし、日本のキャンバスの触り方のご案内をしました。ドレスコードがあるんですよ。クロか白のシャツでボトムはジーンズでしたね。

愛知県美術館 8F[N-27]オスカー・ムリーリョさんの会場


作品展示
Q. >さすが、アーティストさんですね。日本の学校の作品への反響はどうでしょう?
辻本 >日本で行ったものだけは手に取って、自由に見ていただくようにしました。少しでも見やすいようにと、展示台の机をふやして学校ごとに置きました。日本のお客さんには、海外のものより日本のキャンバスに興味を持つ方が多かったですね。

でも、他の国と比べることでいろいろな発見が有るので、ファシリテーターが他の国のキャンバスも含めてガイドしました。例えば、キャンバスに砂埃がついてるのも有るんです。難民キャンプの場合もあるし、室内の学校とは限らない。学校の環境が違うし、教育にも違いがある。そういう現実を普段はあまり意識しないですよね。

飾られた絵ではなくて、いくつもの同じ机の上に積み重ねられたキャンバスに、自分と近い距離で接することで、その絵をその場所で描いた誰かの存在を強く感じると思います。これだけの絵を描いて毎日過ごしたこどもたちが、実際に世界中にいるんだなあって。

国の違い、逆に国を超えての共通点を感じとれる事が重要だと思いました。国ごとに1枚づつ綺麗に飾られていると、違う 見方になってしまう可能性がありますよね。日本がどうのということに留まらず、日本を含めた世界の多様性やマイノリティを、身近に感じてほしいという気持ちでした。

Q. >なるほど、キャンバスが積み上げられてる意味が掴めてきたかも。参加した学校からは生徒さんたちは見にきてたりするのでしょうか?
辻本 >名古屋の御園小学校は団体鑑賞に応募してくれてて、見にきていただきました。他の学校にも招待券はお渡ししましたが、どれくらい来てくれたかは解らないですね。

皆さんに是非、見ていただきたいと思ってましたが。プロジェクトに参加した子どもたちだからこそ、この展示を見て思うところが広がったかもしれません。もしかしたら、自分の学校ではなじめないと思っていた子が、海外の自分と同年代の子の作品に共感できることがあるかもしれない。

でも実際には、美術館に自分の作品があるといっても、豊橋から名古屋へは子どもが行きたい!と親に発信できる距離としてはなかなか難しいですよね。そこまでのフォローが何かの形でもっとできればよかったというのは反省です。

豊橋地区のニュースだけでなく、名古屋や岡崎の展示会場ではこんな事をやってますのような、ニュースをもっと積極的にキャッチしないと、画期的な事や意欲的な取り組みがあっても見逃してしまいますね。

豊橋市の小中学校が参加してるからと急に興味を持つのも早計ではあるけど、何事もキッカケですよね。愛知県で4校の内、豊橋市からは日本人学校とブラジル人学校の2校も参加してるんですよ!都会の美術館に置かれた「豊橋」どうだったの?と思う郷土愛ね、いやむしろ親心かな。ありだと思いませんか?

ジョアン・モデさんのネットプロジェクト

Q. >6月初旬にはこども未来館(ここにこ)芝生広場でジョアン・モデさんのネットプロジェクトが始まりました。会期中は正式会場へ移動させることが前提ですよね。豊橋は風が強いのですが、その辺りは想定内ですか?

よくわかるトリエンナーレカレッジ/第5回「みんなでつなぐネットプロジェクト」

辻本 >8月11日からスタートして、10月16日に撤収されるまで穂の国とよはし芸術劇場PLATの芝生広場に常時展示していました。会期中もお客さんに紐を結び続けていただくスタイル。豊橋地区ではこれが唯一の参加型の作品となりました。

天候による対応が発生するのはしょうがないことなのですが、名古屋・豊橋・岡崎とモバイル・トリエンナーレの各会場で行っていたので、それぞれの地域の状態に合わせて対応を変える必要がありました。それに合わせて同時にスタッフがそれぞれの会場で動かないといけなかったんです。大変だったと言えばその辺りのスタッフの動きですね。

ジョアン・モデさんネットプロジェクト

Q. >結ぶのには、熱心な人もいたようですよね。
辻本 >豊橋地区のこども未来館(ここにこ)で6月に行ったプレイベント以来、毎日かかさず、トンボを作って持ってきた人がいたんですよ。その方は、他の会場にもトンボを持ってきていました。ファンをつかむプロジェクトですよね。小さな子どもだけでなく、大人の方もいろんな工夫を試したりしてハマる方が多かったです。TV放映があった週は多くの人が駆けつけてくれました。各地のモバイル・トリエンナーレでも実施したのですが、エリアによって特徴が出てて面白いと思いました。
Q. >最後は愛知芸術文化センターにて3地区とモバイル・トリエンナーレの各会場の分がドッキングしましたよね。
辻本 >左側は名古屋地区とモバイルのものを繋げたネットです。右側は豊橋地区と岡崎地区です。他に3会場のものを合体させた作品はないので注目されました。お客さんから、全会場回ってきたよ、とか、自分の繋げたところを見に来ました、という感じで最終形を見届けてくださった方の声もたくさん聞けて嬉しかったです。

各地で行った意味はそれぞれであったんだなと思いました。奇麗に飾られているものだけが作品じゃなくて、参加者が介入して常に変化している。際限なく成長していくことを視覚化出来てて、面白いですよね。

ジョアン・モデさんネットプロジェクト・3地区とモバイルの合体版/愛知芸術文化センター2階デッキ

Q. >国によって違いがあるのでしょうか?
辻本 >ジョアン曰く大きな差はないそうですよ。国や場所や人 を区別していなくて誰でも参加できる。自分が目立つように主張するのではなくて繋がることが重要ですよね。いつでも、だれでも、どこでもできる。ものすごくシンプルだけど、実は難しくて大切なことだと思います。他の国では国境をまたぐように設置し、実施した時があったようです。まさに、越境ですね。
Q. >とても興味深いお話を聞かせていただきました。有難うございました。
みずのうえビジターセンターの活動で、もっと他の会場との連携を図り、全体を見通しよく紹介することが出来たかもしれないですね!他の会場に進出している「豊橋」を紹介するサテライト展示のようなものを作る。展示風景とか、反響などを集めて、豊橋と名古屋を結ぶ橋のような役割を果たす場所になる。豊橋から岡崎へ続く道のようにとか・・・。

Vol.2加藤慶さんのインタビューで、お話の出てきたブラジル人の写真家マウロ・レスティフェさんの捉えた豊橋の風景も見てみたかったし、愛知県美術館には豊橋在住の味岡伸太郎さんの作品が有りました。もちろん、オスカー・ムリーリョさんのフリークエンシーズ・プロジェクトも。この場合は、石巻小学校やカンティーニョ学園でプロジェクトを行った様子なども、差し障りのない範囲でピックアップするとか。気になる人に行ってみようと喚起させるような、地元ならではの見せ方が出来たら面白そう。ネットプロジェクトの他会場の様子、これはSNSでも継続して写真が出回り様子が伝わってきましたけどね。

あいちトリエンナーレ2016事務局広報チームさんからは、メディアに掲載された豊橋地区の記事などを丁寧に集めたスクラップブックが2冊届き、みずのうえビジターセンターに置いていました。多くの方が手に取って見てくれてたんですよ。特に後半戦は、他の地域から来た人が熱心に見てくれて印象に残りました。広報チームさん有難う!このように豊橋に来た人が見たい情報もあり、豊橋市民こそが知りたい情報もあった筈なんですよね。

辻本 泰子 Tsujimoto Yasuko
あいちトリエンナーレ2016コーディネーター
1987年兵庫県生まれ。神戸大学発達科学部人間表現学科卒業後、教職に就く。2014年から京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAでインターンを経て、2015年よりあいちトリエンナーレ2016メンバーに加わる。
2017年1月[interview:S.Hikosaka]

会期は終了しています。記録として掲載しています。



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